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第14章 和歌山復活篇 ブログトップ

ビデオ発送  /2004年6月 [第14章 和歌山復活篇]

 まだまだ、体力の回復はしていないが、編集を再開。「紀伊田辺ビデオ」を完成させる。

 

 VHSテープダビング。僕の汚い文字で背ラベルを書くと、見る気もしないだろう。パソコンで奇麗なラベルを作り、プリントアウト。

 それぞれに手紙つけて、都内、和歌山の支援者の方々にお送りする。

 ビデオテープ1本くらいだと、宅配便で送ると高く付くので普通郵便で送る。その作業がここ数日続いている・・・。

(つづく)

次回より「昭和40年代の理由篇」がスタート!
 


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復帰までさらに1週間 /2004年6月 [第14章 和歌山復活篇]

 寝たきり状態から脱したが、さらに1週間は病人状態。

 応援してくれる友人たちに、心配をかけないようにメール報告。いつもは何時間でも文章を書いてられるのに、1人分書くともうフラフラ。

 テレビを見るのもまだ苦痛。体力、気力共に弱っているせいか。5分見るともう疲れてしまう。集中力も失われているのだろう。

 でも、早く編集に戻らねば。「紀伊田辺ビデオ」を完成したい・・・。

 僕の行動が1日遅れれば・・その効果は1週間、1か月後にしか現れない。なのに、体力が続かない・・。(つづく)


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2週間ダウン /2004年6月 [第14章 和歌山復活篇]

 結局、2週間ほどダウンしていた。もう、寝たきり老人と同じ状態。何もできない。

 トイレに行くのでさえ重労働。ひたすら寝たきり。テレビを見る気力もない。

 1日に1度だけ、這いずるようにしてコンビニへ弁当を買いに行く。が、1日の体力はそれで尽きてしまう。
 あのまま死んでも、1か月は発見されなかっただろう・・・。

 電話に出る元気もない。本当に何もできない。ようやく、起きられるようになったが、体力がなく1日に2回。3回と寝ないと持たない。

 でも、やるべきことは溜まっている。誰もせかさないが、誰も代わりにやってはくれない・・・。(つづく)

 


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ダウン /2004年6月 [第14章 和歌山復活篇]

 とうとう。ダウンした。外出することもできない・・。お湯を湧かすのも苦痛。メールを書く気力もない。原因は分かっている。過労・・・。

 医者に行くと、また「休まないと、本当に死ぬよ!」と言われるだろう。が、嫌でも、もう動けない・・・。

 でも、やることはまだまだある・・。誰も代わりにはやってくれない・・・どうすればいい・・・。(つづく)


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紀伊田辺ビデオⅡ  /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 編集中の「紀伊田辺ビデオ」をご紹介。これを見れば田辺の素晴らしい場所が全て分かるという映像の連続。

 まずはタイトル。ー映画ストロベリーフィールズ」のロケ地であり、舞台。 

 音楽と共に、夜明けの港からスタート

 坂道が美しい稲成の町。


 東陽中学校舎ももちろん登場! 写真以外にもいろんな場所を紹介。


 天神崎側の鳥居も良い感じ。


 最後はやはり、天神崎の夕陽で閉め!


(つづく)


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地元の応援 /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 地元での応援の輪が少しずつ、広がっている。

 これまでより若い世代の方々に話を聞いてもらったことで、理解してくれる人が増えつつある。とても嬉しい・・・。

 現在、編集中の「ストロベリー・プロローグ」が完成したらダビングして、それぞれにお送りするつもり。

 あの町で映画を撮るとこうなる!というイメージが伝わればと思う。(つづく)


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紀伊田辺ビデオⅠ /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 映画イメージを伝える「ストロベリー/プロローグ」とは別に、田辺と言う街を紹介する「紀伊田辺ビデオ」というのを編集している。

 カメラマンのSさんの映像が本当に素晴らしいので、風景のみの作品も作りたくなった。

 僕が撮影した「田辺ビデオ」というのもあるが、あれは「屋敷町編」「東陽中学篇」「天神崎夕陽」編と3カ所しか紹介していない。

 それに比べて、4月の撮影では田辺の名所をことごとく撮影した。それを1本にして、7分ほどで町の魅力が全て分かるプロモーションビデオを作ろうと思う。

 これも営業活動に有効だし、ビデオを見た人が「田辺っていい町だなあ。1度、行ってみたい」と、思えるような作品にできれば!と考えている・・・。(つづく)


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編集中  /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 「ストロベリーフィールズ」のイメージを伝えるための、「プロローグビデオを編集中。なかなか、いい感じになりつつある。


 美しい田辺の風景の中を歩きまわる4人の少女たち。彼女たちを見守る山と川。そして真っ赤な夕陽。これだけでもドラマがある。


 編集は撮影以上に時間がかかるが、早く完成させて皆に見てもらたい。が、編集し始めると凝り出して、毎日、朝までノンストツプ!

(つづく)


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節約 /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 とにかく今は節約せねばならないとき。でも、企画書やシナリオをプリントアウトする紙、ビデオテープを節約する訳にはいかない。

 和歌山行きの交通費、同行してくれるスタッフの経費を削ることもできない。

 そうなると、やはり日々の食費。外では極力、安いものを食べる。マイホームを建てたサラリーマンの昼食代は500円という話を聞いた。

 僕は映画を作るために、生活費を削るということか?

 昼はハンバーガー。

 夜は牛丼。

 毎日、こんな感じ。でも、全然、痩せない。ファーストフードって、もの凄いカロリーがあるということか? 

 それとも食べなくても太る、中年の体質になったのか?

(つづく)


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ある日の1日・Ⅱ /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 この他にもシナリオの直し。ビデオダビング。ビデオの送付。手紙書き等。雑用もいろいろとあり、洗濯する暇もない。

 以上のことは全て「ストロベリー」関係。収入には繋がらない。生活は厳しい。でも、今は上昇気流に乗っている。

 D社も3つの条件が揃えば、確実に動くと約束している。地元でも応援してくれる人が増えて来た。

 ここで別の仕事をして時間を取られると、この勢いが衰えてしまう。無理してでも、突き進む時期だと思う・・・。

(つづく)


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ある日の1日・Ⅰ  /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 ここしばらく、収入のある仕事ができない。

 ある1日はこんな感じ。午前中に起き、応援してくれている人々にメール報告。「いちご白書」とは別に個々に連絡する人が大勢いる。それを昼頃まで。

 午後は田辺ビデオの編集。

 夕方からは相談で先輩に会う。今後の推進の仕方をアドバイスしてもらう。この日はラッキーなことに、先輩から飯を奢ってもらう。

 夜。帰宅。先輩へのお礼メールと、近々に相談をさせてもらう友人に連絡。そして編集再開。夜明けまで作業・・・。

(つづく)

 

 


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いちご白書Ⅱ /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 友人たちに、厳しい展開を報告すると・・。

 「がんばれよ!」

 とメールをくれる。

 上手く行ったときは・・。

 「よかったな!」

 と返事をくれる。それが凄く励みになり、崩れそうな心を支えてくれる。

 だが、ときどき、本当に酷い展開が起こったとき、誰からもメールが来ないことがある。あとで聞くと、友人はこう言っていた・・。

 「あまりにも悲惨で、励ます言葉がなかった・・」

 そうかもしれない・・・。

(つづく)


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いちご白書Ⅰ /2004年5月  [第14章 和歌山復活篇]

 後輩が困ったときによく相談に来る。長い話を延々と聞き、いろんなアドバイスをし、経験談を話す。
 おまけに飯まで食わせて励ましたのに、その後音沙汰なしということが多い。

 連絡すると、「問題は解決して順調!」という。だったら、連絡しろ! そのくせ、また困ると頼って来る。

 が、問題を抱えている方は、目の前のことに気を取られて応援してくれている人の存在を忘れがち。自分1人の力で解決したと、勘違いすることも多い。
 それを見ていて、ああなってはいけないと思えた。

 なので応援してくれている人全てに、「いちご白書」(映画タイトルが「ストロベリーフィールズ」なので、いちご繋がり)と名付けたメールマガジンのようなものを作り、常に送っている。

 進展したこと。問題が起こった事。協力者が現れたこと。酷い目に遭ったこと。隠さずに報告・・。すると・・。

(つづく)


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テレビの反響なし  /2004年5月 [第14章 和歌山復活篇]

 4月に収録した映画の支援を求める話をした番組が、地元で放送されたらしい。

 それを見て少しでも反響があり、応援してくれる人が現れれば・・と思っていた。

 が、その番組を見ての連絡は、局には1つもなかったそうだ。テレビでも呼びかけてもダメか・・。かなり落ち込む。(つづく)

 

 


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トークショー /2004年5月17日 [第14章 和歌山復活篇]

 脚本家時代に書いたあるVシネマ。初めて劇場でイベント上映されることになった。

 トークショーを開催するので出演してほしいとの依頼。M監督と一緒に、当時の話をする。

 物語は実際にあった事件。いい加減な気持ちで出来る作品ではなかった。安易な想像や興味本位で描いてはいけない話なので、徹底して取材。裁判記録も全て調べて執筆した。

 調べて行くと、マスコミでは報道されてない事実が見えて来る。いかにマスコミが、安易な報道をすることが多いか?も感じた。
 毎日のようにM監督と激論した。そんな話などをしたい。

 ただ、今回のイベント。ギャラは一切出ない。でも、自分が関わった作品を、何年も経ってから見てもらえるチャンスがあることは嬉しい・・。

(つづく)


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「理由」放送 /2004年4月29日 [第14章 和歌山復活篇]

 「理由」が放送された。1時間前からビデオをスタンバイして録画する。

 本編を見ながら、撮影時を思い出す。本当にいろんなことを学ばせてもらった。大林監督から、カメラマンさんから、ベテランの照明技師さんから。

 大物の俳優さんらとお仕事をさせてもらったのも初めて。岸部一徳さん、片岡鶴太郎さん、本当に凄い人たち。

 映画ファン時代に見た「転校生」。小林聡美さんをナマで見たのも感動。

 他、大林映画に出ていた面々も出演していたので、仕事なのか? 何なのか?分からなくなるときもあった。

 本物の映画作りを体験。これを「ストロベリー」に生かさねば!(つづく)


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過労・Ⅲ /2004年4月 [第14章 和歌山復活篇]

 それができないので苦労する。それどころか、今回は何の収入もない仕事。

 前回、倒れたのが3年前なので、そろそろ来そうな気がしていている。

 「ストロベリー」がまだ進行中なので、ダウンする訳にも行かない。

 この辺で少し休養を取らないと、それこそ「製作決定!」となってから倒れるかもしれない。

 最近、頭痛で頭がクラクラ。でも、早く「プロローグビデオを完成させて、関係者に送らねば・・・。(つづく)


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過労・Ⅱ /2004年4月 [第14章 和歌山復活篇]

 ある友人はこう言う。

 「1週間休まずに働いたら、1日休め。1ヶ月休まずに働いたら1週間休め。1年休まずに働いたら1ヶ月休め。でないと体が壊れてしまう」

 なるほど、だから、僕は3年休まずに働いたので3ヶ月寝込んだ訳だ。でも、サラリーマンの友達でも、休まずに何ヶ月も働く奴がいる。

 なのに倒れることもなく元気にしている。理由を聞くと「お前と違って全力で仕事はしないから!」との答え。先輩からもよく言われる。
 
 「ギャラに見合った労力で仕事をしろ・・・安いギャラで真剣に働いてどうする? 手抜きが肝心だよ・・・」

(つづく)


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過労・Ⅰ /2004年4月 [第14章 和歌山復活篇]

  和歌山から帰ってから、どっと疲れが出た。

 その前にメイキングの編集に3ヶ月費やしたこともあるのか、1日何もできず、ひたすら寝ているだけという日もあった・・・・。

 これまでも休まずに1−2年くらい猛烈に働き、仕事が無事終了したあとに倒れたことがある・・。1〜3ヶ月寝込んだ。医者にいつも言われた。

 「無茶すると死ぬよ! 過労を嘗めては駄目だぞ。ちゃんと休養を取らないと、本当に死ぬよ・・・・」

(つづく)


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編集開始 2004年4月17日 [第14章 和歌山復活篇]

 東京へ戻る。田辺でSさんに撮ってもらったビデオを編集中。

 やはり、風景だけでなく、人物が入ると映画的になる。おまけにSさんの映像は美しく、華麗。より一段と町が映える。

 タイトルは「ストロベリーフィールズプロローグ」として、10分くらいの作品にする予定。

 セリフとかもいっさいなく、女子高生が町を歩いていくだけのイメージビデオに近いものだが、そこに夏美やマキのイメージを織り込んである。

 1週間くらいで完成できると思う。本日よりまた、毎日パソコンに向う! が・・・・。

(つづく)


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ロケハン&撮影  2004年4月14日 [第14章 和歌山復活篇]

 結局、5日間の撮影&ロケハンとなる。

 カメラマンのSさんには以前から「ストロベリー」のロケ地である田辺の写真は見てもらっていた。
 が、今回は実際に現地に行ってもらい、撮影してもらえたのは何ものにも代え難い。

 彼も町をとても気に入ってくれて、「絵になる。素敵な町ですね!」と言い、もの凄く力を入れて撮影をしてくれた。
 特に東陽中学は印象的だったようで、「これは凄いですね・・」と何度も言っていた。

 前回、訪ねた町のニューリーダーの方々にも、再びお会いできた。今回はさらに別の方々も呼んでくれて、感激。映画製作の応援をお願いする。

 最終日に和歌山のテレビ局へ。スタジオインタビューを受けて、テレビを通して映画への支援をお願いした・・。

(つづく)
 


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田辺プロモ撮影! /2004年4月 [第14章 和歌山復活篇]

 もう、言葉では伝えられない。Sさんの撮った映像が田辺を描く。美しい町。その美しさを描けるカメラマン

 僕はここで映画を撮りたい・・・。「ストロベリーフィールズ」を撮りたい!! 必ず素敵な作品になる・・・。(つづく)


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田辺で撮影!  2004年4月11日 [第14章 和歌山復活篇]

 

 まだ、桜の残る田辺市内を撮影。

 まずは会津川のほとり。そして高山寺。梅林。奇絶峡。屋敷町。そして、天神崎で夕陽。

 天気にも恵まれ、いい絵が撮れる。

 (つづく)


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平の家の朝食! /2004年4月11日 [第14章 和歌山復活篇]

 平の家さんのおばちゃんは、ほんといい人。いろいろ気遣ってくれる。田辺の人って本当にいいなあ・・と思える代表。

 ちなみに以下の写真が平の家さんの朝食。豪華で、おいしく、元気が出る! 本日より田辺ビデオの撮影開始!


(つづく)


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太田組西へ! 2004年4月10日 [第14章 和歌山復活篇]

  朝、6時。新宿スバル・ビル前集合。車で西へ向う。東名高速に乗り、浜松で1度休憩。その後、長い長い静岡を抜けて名古屋へ。

 大阪をまわり、南下。和歌山県に入り。南部のインターを降りて地上を走ると、目の前には海。もう、紀伊田辺である。

 約10時間少々の旅。保険の関係と、僕はアメリカでしか運転していないので、ずっとSさんが運転。

 初めての車での旅なので、何度も休憩し、急がずに来たが、意外に早く到着。

 宿泊は屋敷町にある旅館・平の家である・・・。

(つづく)


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テレビで呼びかけ? /2004年4月 [第14章 和歌山復活篇]

 嬉しいニュースが入って来る。前回、お訪ねした和歌山県のあるテレビ局から連絡。

 「テレビ番組に出て、和歌山を舞台した映画ストロベリーフィールズ』の製作協力を呼びかけてみませんか?」

 これはありがたい! テレビを見て協力しよう。応援しよう。資金を提供しようという人が現れるかもしれない。

 今回の和歌山行きに合わせて、収録日をお願いする。風はこちら向きだ!

(つづく)


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